「整骨院からのあれこれ」カテゴリーアーカイブ

潜在意識の中の放棄地

今日はとても疲れております。

というのも、2日続けて同じ失敗をしたからであります。

「今回の発見で、もうどんな症状も治せちゃいますわよ、オホホホ」

なんて調子に乗っている時に限って、やり尽くしてきたような失態がぁ。

今回のんは、施術の最初に

「この症状を治せるのかどうか?」

を調べるのを怠ったがために起きたミスでありまして

「治せる」

とはっきりした答えが得られなくて、

「やや治せる」

とか、それにも満たない結果の場合、とても高い確率で精神面とかそれより深い意識の領域の問題で症状が引き起こされています。

ですから、「治せる」にならなかったなら、まずチャクラで精神の状態を調べてみます。

その結果うつ病の人と同程度の数値が出てきてしまったら。

これはもうやばいシグナルであります。やばいやばい。

通常の施術をしても、ほとんど成果が得られないリスクがあります。

そして。精神面に悪影響を与えている「現実の出来事」が現在進行形であるならば、ほぼお手上げなのであります。

もはやその出来事が過去のものになるまで待つしかない。

まさにゼロ回答なのであります。

そんなやばい案件に2日もつづけて突っ込むなんて。

骨折り損&患者さんにとっては症状が解決できず、まさに最悪の展開であります。

ヒジョーに長時間かかって施術した結果、あとから

「精神面の問題でした、治せません」

なんて言っても、だれも納得はしないのであります。

施術の前に、改善しない可能性が高い旨説明して、それでも施術してみるかどうか、判断してもらうのがスマートな仕事、できる施術者の姿であります。

はやくおろかなレベルを脱却しなきゃあいけまっせん。

ということで、行きつけのお店でやけ食いいたしまして、胃腸の調子までもがいまひとつのワタクシであります。

さて、前回の続きであります。

肉体面に存在する「放置された極地」と同じような問題が精神面にも存在するという話。

精神面に、時間をかけても癒しきれない記憶・認識・感情があります。

でも、もはや深くにしまい込んだような形で、大きな問題であるにもかかわらず、ケアを求めてこない「極地」であります。

どう考えても解決して取り除いて差し上げなければいけないでしょう。

そうしなければ、つらさが心理に表面化することはなくても、もっと違った形でその人の何かを制限し、縛ると思われるのであります

ということで早速解消してみることに。

なにしろ「無」により呼び込まれるエネルギーは、どんな問題も解決してくれます。

「現在進行形」以外ではありますが。

でもなんと、見つけ出した「心理の中の放置された極地」について

「ケアすべきですか?」

と聞いてみると

「NO」

となることもあるとわかりました。

そこで思い出したことがあります。

むかしオステオパシーのセミナーで感情面のケアの話になり、講師の凄腕先生は

「体性感情開放なんて手法もあるけど、いったん触れたら収集つかなくなって、クライアントの日常生活を破壊してしまう可能性があるので、私はそんなことはしません。」

とおっしゃったのであります。

そこでワタクシは

「じゃあ何もしないんですか?」

と質問したならば、先生のプライドを傷つけたのか、キョーレツににらまれてしまったのであります。

でもさぁ、そのとおりじゃあございません?

「そうです、なにもしません」という答えでオッケーでございましょ?

だれだってできないことはあります、神じゃないんだから。

腕が良くて講師をやっているような施術者には「お高くとまった」このタイプが結構いるので困ったもんであります。

でも、確かに「触れてはいけないところ」というのはあるようであります。

ただ、おそらく方法はあると思われるのであります。

何にでも順序というものがあります。

他の問題を片づけてから、ということだと推測しているところであります。

そして「ケアすべき」となって、この極地を解決した場合、やはり収穫は大きいと感じます。

そこと関連している症状が改善するだけでなく、いわゆる「運気」への影響力が強いようであります。

運と言えば、金運・健康運・結婚運とかいいますね。

これらの運気が高いかどうかは、潜在意識の中、日本人的にはいわゆる「魂・霊」の領域にどんな情報が収められているのかが決めるようであります。

辛い記憶、よくない認識、深くに刻み込まれた悪い感情が少なくなるほど、運気は上がるようであります。

だれでもより良い人生に向けて、頑張ったりいろいろと考えたりしています。

でも、そんな努力をも凌ぐ力で人の行き先を決めるかもしれないのが運気、言い換えれば潜在意識のあり方であります。

近いうちにそのあたりのことも書いてみようかと思う次第であります。

ということで、今後も頼みますぞ、みくまりの神様、不動明王様、大いなる宇宙の力殿!

見捨てられた極地

先日来られた患者さんが施術が終わったあとに、

「先生の(術式)はどういったものですか?」

と聞かれました。

なんて素敵な質問でございましょうか。

鬼滅の刃とか呪術廻戦に出てくるキーワードの「術式」。

ひと昔前の「必殺技」にあたるものでしょうか。

ワタクシも華々しい技が欲しいところであります。

目指すところは一撃必殺ですから

「無意識一点突き」

とか

「治らなきゃダメよアタック」

みたいな、一瞬で終わるのが理想的。

でありますが、現在の施術はいーろいろ調べたりあっちの人に聞いたりでひじょーにまどろっこしい。

とにかくもう、膨大なエネルギーをドバッっと入れるのみ、みたいな方向に自然と近づいて行ってくれるよう願っております。

そんな妄想を膨らませつつ、現時点の課題を考えておりました。

ワタクシの施術では全部の組織、全部のエネルギーを施術対象にしています。

例えば「リンパケア」をやっている施術者ならリンパだけを、骨格矯正なら骨格だけを検査しておかしいところをケアすればいいわけであります。

でも、それだとそれ以外の組織に原因があれば治せないことになってしまいます。

ですから、考えうるかぎり全部の組織を検査したいのであります。

もし全部を一つ一つ検査していたら検査だけですごい時間が必要になりますね。

ですから、

「ここが正常でなければまだどこかにケアが必要」

という要点をいくつかピックアップして施術対象を絞り込むことにも利用しつつ、全部が整っているかを確認できるように考えます。

この「要点」をどこに選定するかが決定的に大きな意味をもつので、よりよい「要点」を追求してきています。

もちろん心理や潜在意識のエネルギーの状態をも把握できる要点。

施術して要点の全部が「OK」になっていれば、もはやどこにもケアすべきところはないはす。

そう、ないはずなのであります。

が、なかなか完全にそうなってくれない。

患者さんが

「まだここに痛みが・・」

とかおっしゃるあたりを調べると、たしかにうまく動いていない組織がひょっこりと。

なんなんだこの「ひょっこりさん」は。

憎たらしい人、ひょっこりさん。

人間の体というのは、寝たりして止まっている状態でも、全部の組織は微妙に動いています。

このわずかだけどリズミカルな運動が完全に止まってしまっていたら、体にとっては大きな問題になります。

そこにはエネルギーが供給されておらず、体液の流れもとても悪くなります。

そんな問題部位をなぜ見つけ出せない場合があるのか、不思議だったのであります。

手で触れば簡単に見つけ出せるのにその異常が「要点」に反映されないのは?

そんな疑問にとうとう妥当な答えがみつかったのであります。

それは、あまりに回復が進まない所は、脳が意識しなくなるというもの。

体のエネルギー状態というのは、調子が悪くて回復させたいところに「高まる」ようになっています。

回復させるためエネルギーを集中させているわけです。

それが長期間続くと脳もその活動を放棄して、そこでエネルギーを浪費することをやめ、他のところを注視するようになります。

放棄された部位は組織が止まったままになり、「見捨てられた極地」になってしまうというわけです。

「要点」の状態に反映されないこの極地ですが、言ってみれば他のどんな場所より悪い状態です。

ですから、体をケアする際には最優先という位置づけになります。

であるなら、最初からそんな極地を効率よく探し出して狙い撃ちすべきでしょう。

で、どうやってそれを?と考えていたのでありますが、単純に

「極地はありますか?あるならどこですか?」

と患者さんに体とか、あるいはあっちの人に聞けばいいと分かりました。

あっさり解決。

と、ふと思い浮かんだのは、心理や潜在意識にも「ひょっこりさん」はいるのではないかと。

確認してみたら、やっぱりでてきたひょっこりさん。

こいつはぁ、とても重い意味を持つ展開になってきたではありませんか。

肉体面のひょっこりさんも確かに大きな意義をもちます。

が、人間はやはり心や潜在意識の生き物であります。

カウンセリングや心理療法でもなかなか探し出せない問題が、簡単に見つけられるとしたら。

と、今回の投稿は長くなってきたので、続きは後日に。あしからず。

気功の「デメリット」

明けましておめでとうございます。

世間はすでにごくあたりまえの日常にもどった感じですが、なんとなくまだ

お正月気分のワタクシであります。

合計5つの神社に詣でたのですが、なぜか神様のおられないところもあるように感じるので不思議ですぅ。

たぶん留守にされているのでありましょう。

初詣の帰りに、うなぎを食べに行きました。

ワタクシの実家は食べることに全てを注ぎ込んでいるような生き様でありますので、お正月はとくに大変な状況なのであります。

奈良の「大門」というお店で、もちろんワタクシの感覚で「一番良さそうなところ」を探して伺ったのであります。

店に入るとうなぎが入った桶があり、よくテレビで目にする様子でうなぎが泳いでいました。

そういえばこんな光景を実際に見るのは初めてであります。

注文して15分くらいでしょうか。うなぎ殿登場。

一口食べて

「え?かたい?」

と思ったのでありますが、同時に素晴らしい香ばしさが。。

ご主人いわく、有名店でも冷凍のうなぎを使っているところが多いのだそう。

うなぎの皮の側が硬かったのは、生きの良いうなぎをその場でさばいて調理すると、そんな感じになるのかもしれません。

皮の硬さに比べて身はふんわりで、「本当のうなぎのかば焼きってこんなんだったのか、なるほど!」

と感心・感激でありました。

さて、今年一回目の本題であります。

人間のエネルギーを体・心・魂・霊と便宜的に分けてその領域を示すと、このハンドメイド感たっぷりの図のようになります。

はりきゅうなどで扱っている経絡のエネルギーというか「気」なんかは体のものですから、その領域ももっとも狭い範囲になります。

経絡にも心理エネルギーの影響が、とかいう話はここでは放置であります。

体のエネルギーよりも心のエネルギーの方が外側に広がっており、そのさらに広い範囲に魂・霊という順序であるようであります。

ネット上でこの図を探して違法にコピペしようかと企んだところ、体が1番外側で、心・魂と内側に書かれている図しかでてこなかったので、初めて使うペイントソフトで1時間もかかって作ったのが先ほどの図なのであります。

あれに1時間。。いつもの気功教室ではホワイトボードに10秒で書いているのに、なんてことでしょうか!

時間よもどれー。たのむぅー。

で、体が一番外側なのはどう考えてもナンセンスであります。

よく、「こころの交流をはかって・・」とかいう文脈などがありますが、あれじゃあ交流も不可能でございます。

ま、なんせあの図のようだと思われるのであります。

気功の訓練を長年やっておりますが、

「ルートを開く」

とか

「チャクラを活性化する」

とかの表現はあっても、いまいちエネルギーのボディーに何が起きているのかを理解していなかったのであります。

というか、気功の専門家を名乗る方々も、実際には大して分かっていないからどこにも書いてくれていない、という恥ずかしい状況なのであります。

そんな中、気功教室の忘年会用に作成したスーパーグッズ

「上達速度2倍君(今とっさに命名)」

の作用を調べていて、いろいろなことがわかってきたのであります。

人は普段、体の感覚や感情などの心の動きだけを感じ取って生活しています。

ですから他のみんなが平気な「ある状況」に自分だけ腹を立てていたとしても、なぜそうなってしまうのかはほとんど分からないのであります。

本来の人間のエネルギー領域から考えると、とても狭い範囲で生きていると言えます。

でも、気功の訓練をやっているときには、魂の領域ぐらいまでの範囲でその内側のエネルギーが激しく交流するようであります。

そしてそれを続けていると、徐々に普段から感じ取れる領域が広がってくる、ということなのであります。

でありますから、これまで分からなかったようなことが少し感じ取れるようになってきたりするのであります。

ただここで、メリットだけでなくデメリットもあることが分かってきました。

それは「魂」領域の性質によるもののようでありますが、魂領域には普段意識していないような記憶とか、その人固有の生きていく上でのスタンスとかルール、哲学などの情報がぎっしり詰まっているようであります。

だれでも思い出したくないような記憶はありますが、その割合が高い場合、気功の訓練によってつらい感情が想起される、表面化してくる現象がおきます。

この現象はどうやらアルコールを摂取した時にも起こるようで、「飲んだら荒れる」人がいるのはそのためのようであります。

気功の訓練がアルコール摂取と違うのは、しらふでつらい感情が表面化してくるので、飲んだ時みたいに周りの人間に発散させられない、という点かもしれません。

こんな状況を毎日作ってしまっては、どんどん心理的に追い込まれてしまいます。

ですから、通常の気功の訓練は、やらない方が良い人もいる、ということになります。

魂から内側の領域のエネルギーを循環させても、いやな記憶は一向に解消されて行かないようであります。

ワタクシも段々賢くなってきておりますので、

「気功をやってみたい」という人が来た時、やった方が良いのかどうか調べるようにしています。

すると、結構高い確率でやめておくのが吉、という判断があっちの人からもたらされます。

じゃあどうすれば?という話になるのでありますが、それについては「無」の取り組みがヒジョーに大きな効果で、つらい記憶の影響力を無効化していってくれる、と現段階では考えています。

その作用は、無の意識状態が霊の領域をも超えて、自分の領域の外側からきれいなエネルギーを呼び込むことで可能になるようであります。

ということで、気功教室の内容のうち何割かを、無の意識状態にする訓練にあてる、というのがよさそうな方向なのであります。

それにしても、忘年会用のグッズを作った時、あっちの人に

「何か良さそうな物ないですのん?」

と聞いたらでてきたアイデアで、出来上がってから効果のでる仕組みを調べたということで、通常とは逆の順序で成果が得られています。

そういうことで、やっぱり自分の脳みそで考えるなんていうのは大した事ないんだな、と思わざるを得ないのであります。

ですから、何かが上手く行ったときにも、どこかで何かの有難い意図が働いているんだなと考えるのが、良い生き方のような気がするのであります。

ということで、このまま気功教室を続けていくと、今年中にでもワタクシの能力を圧倒する人が出てくるのではないかと期待したり恐れたりしているワタクシでありますが、今後も頼みますぞ、みくまりの神様、不動明王様、宇宙開闢の力殿!

有名テクニックのエッセンス

今年も残りわずかになってきました。

この一年の終わりのタイミングで、しばらく収まっていたコロナ感染症はオミクロン株の登場によりまたまた雲行きが怪しくなっています。

みなさんにとっての一年はどんな感じだったでしょうか。

ワタクシにとっての今年は気功教室のスタートと、いよいよ施術の追求が終わりに近づいてきたからか起きてきた施術の変化があって、とても濃密な時期になったように思います。

患者さんにとっても、こちらまで出かけてくる頻度が3週間~1か月に1回程度に減ったので楽になったのではないかと考えています。

ただその分うちは暇になっているんでございますが。ぐぅぅ。

その代わりなのかどうか、特定の状況やお仕事の人だけに提案させていただいている

「活気構築オペレーション」

なる、天然石をつかった怪しげなサービスが徐々に拡大しておりまして、なんとか売上げを下支えしてくれている状況であります。

世の中というのはなかなかうまくできているようであります。

そしてさらに、なにやら新しい業務が始まりそうでいて内容がわからず、楽しみのようなもやもやするような居心地であります。

さて本業の施術においても、まだまだよりよい方法の探求は続けており、なにかをひねり出してはまず自分の難解な体に試してみているのであります。

最近になって試みているのは、有名な施術テクニックの「効果がでるメカニズム」を調べてワタクシ流に取り入れるという作業であります。

有名な施術テクニックのうち、どこかの部位に対して定型的に施す手法については、「本質的に治す」という効果は残念ながら得られないことが分かっています。

なぜなら、原因を探らないがゆえに定型的にできるのでありますから、一時的にスゴイ効果があるものでも、根本的な解決には導けない宿命なのであります。

しかしながら、一時的にでも大きな効果がでるのにはそれなりの意味はあるわけでありますから、その優れた部分だけを取り入れれば、本質的に治す施術の効果をさらに意味の大きなものに出来るようなのであります。

例えば一定以上に全身の状態が悪化すると、背骨が全体的に回旋してしまうという変化がとても起こりやすくなります。回旋とは、首でいえば左右を見る動きのときに背骨に起きている動きのこと。

それは左半身・右半身の元気よさの度合いに、大きな隔たりが生じてくるからでありますが、積み重なっている背骨1個1個の間にできた「向いている方向のズレ」はほんのささやかなものです。

でも、積み重なっている背骨の数が多いので、背骨の一番下の方の骨と一番上の方の骨とでは、向いている方向にかなりの違いが出てきてしまいます。

この状況の場合、1個1個の背骨の間の関節にはさほど問題は生じていませんし、背骨全体の変化もそもそもの原因ではないので、ワタクシの検査だと施術対象として出てきにくい種類の問題ということになります。

こういった大きな範囲でおきた変化は、悪化した元々の原因を改善してもなかなか元に戻って行ってくれないという性質があります。

そこで、ある有名なテクニックから抽出したエッセンスにより、この回旋を一気に解消させておきますと、超カンタンにスピーディに症状が解決してしまいます。

そしてこういった定型的な手法はごく肉体的に行う方法でありますので、ぐいぐいおしたりして、やっているワタクシもヒジョーに「やっている感」があって楽しいのであります。

ワタクシの場合、患者さんの症状の性質にもよりますが、5割程度が感情や記憶などに対するエネルギー的な処置であり、必要だと感じるのでやらざるを得ないものの、やっていても実感や楽しさは皆無なのであります。

あぁ~、ぎゅぎゅう・ごりごり押したい。

なんでもゴリゴリやればいいと思っていた20年位前がなつかしいのであります。

最近の試行錯誤で、ワタクシの体もさらに大きく回復してきているようにかんじるので、もはや怖いものなしなのであります。

ただ、早く治したいという人の場合にも、1か月くらい空けろという患者さんの体の欲求を感じるので、治療活動が間延びしてしまう、という問題が。

これはなんとかしないとぉ、いけませーん。

ということで、この投稿が今年最後かもしれませんので、念のため皆様、良いお年をお迎えくださいましね。

では、もうすぐ伺いますので、今後もたのみますぞ、みくまりの神様、不動明王様、宇宙の本質殿!

難病解決の糸口

施術の世界において、ある程度高度な内容のセミナーであれば、膠原病やらがんやら内臓疾患やら精神疾患への効果は、ごくあたりまえのように謳われています。

しかしながらそういったセミナーで指導されている施術でも、ごくありふれた痛み主体の症状と「難治疾患」への対応が、検査から施術、通院の間隔まで、なにも変わらないのであります。

ワタクシはいろいろな高度なスキルのセミナーにおいて、同じ質問をしてきました、

それは、「通常の症状と難病などはどういったところに違いがあって、引き起こされている症状が違っているのですか?」というものであります。

簡単に解決できてしまうような症状と、難治疾患では、何かが違っていて当たり前なはずであります。

でもこの単純な問いに対して、納得できる説明をしてくれた大先生が一人もおられませんでした。

よくわからない理論ではぐらかされたり、そういうことじゃないとか、あんたは何もわかっていないと逆に叱られたこともあるのであります。

まさにバカバカしいの極地であります。

もちろん施術の業界において、まれに奇跡的な成果がでていることもたしかであります。

でもそれらは心身の複雑さゆえに起こった、「意図していない」成果であります。

たまたま良くなったにすぎないというのが、本当のところです。

でも実際に、普通の症状と難治疾患とでは、何かが違うはずなのであります。

そして最近になって、それが分かったように感じているのであります。

ワタクシが現段階でできる、一番深い意識状態、完全な「無」の状態に一番近づいた状態で、四苦八苦しながら患者さんの身体を診ると、患者さんの潜在意識の深い部分がダイレクトに悪影響を与えている部位を見つけ出すことができ、概ねそれは1か所、多くて2か所しかでてこないことが分かりました。

潜在意識から最初に悪影響をうけている組織がどこなのか、ということと、その悪影響の強度の違いで、どんな症状が引き起こされるのかが変わってしまうように考えられます。

膠原病などの難病ではなくても、長年治らない首や腰の症状を持っている患者さんはとても多いです。

でもそれらの単にしつこい症状に潜在意識からの影響がある場合でも、最初に悪影響が作用している組織が筋肉や筋膜、胸郭にかかわる何らかの膜であったり、臓器や分泌腺の場合でも、作用の強度がそれほど強くなないようです。

それに比べ難病などの場合には、脊髄やその周りの硬膜、脳、ホルモン系の器官など重要な組織に強い作用が働いています。

ここに決定的な違いがあると強く推測されます。

ここまで分かれば、難病もそうでない症状も、治していく手法は同じで、潜在意識からダイレクトに悪影響を受けている部位に対して有効なケアの方法を探し出すだけです。

ここへの有効な方法は、こことダイレクトにつながっている潜在意識の問題にも大きく働きかけ、解消していくことができます。

弱い作用を与えている問題なら1~2回、強い場合でも5~10回で解消させることができるようです。

完全な「無」の意識状態に近づいてきたことで可能になった今回の方法。

真に希望に満ちた施術方法にまで、ようやくたどり着いたのでありましょうか。

もし今回の方法でまだ足りない部分があったとしても、もう核心にまでは、すぐそばまで来ていそうであります。

というわけで、今後もたのみますぞ、みくまりの神様、不動明王様、宇宙の本質殿!

「そしてだれもいなくなった」なら大正解?

気功教室の忘年会を開くべく、以前よくお世話になっていた居酒屋さんに予約の連絡を入れました。

すると、「うちは8名でいっぱいいっぱいです」とのことであります。

結構広いお座敷があるのに、一体どうなっているのかとお聞きすると、

「喫煙室を設けたのと、コロナ対策でそんな状況」だと分かりました。

なるほどぉぉ、お店の運営も大変な時代なのであります。

でもま、それはそれとしてお店を確保しなければ・・・。

こんな状況になったのも、火曜日と土曜日のクラスを合同でやる方向で考えているからなのであります。

というのも、忘年会で行う予定の、「訓練を兼ねた遊び」の、まさにスペシャルゥゥな景品を2回分用意するのは、ワタクシの精神的な労力を考えると、

「気が進みませんワ、回避でございますワ」ということなんであります。

つまり、景品とは言ってもどこかで調達できるようなものではなく、一方はワタクシ自作のパワーグッズ、もう一方はおそらく、国内ではワタクシ以外だと数人程度しか導きだせない(と思う)、古からある、一人ひとり固有の、ある言葉なのであります。

特に後者は、景品獲得者が決まってからの精神的作業が、およそ1時間程度必要になる、なんとも面倒な代物であります。

お遊びの勝者には、どちらか一方希望するものを進呈ということで、できればパワーグッズにして頂きたいような気が。。

あっちの人に聞いて用意した二つの景品でありますが、その価値はほぼ等価であります。

手前みそですが、ワタクシが気功の訓練に励んでいたころにこんな企画があったら、きっとすごく楽しめたんじゃないかな、と想像するのであります。

そしてそんな忘年会をやろうと思ったのも、参加者のみなさんが、ほとんど驚異的に成長していっているからでありますし、その背景にある取り組みに敬意を感じるからであります。

教室のみなさんには、ぜひどんどん上達して、そしていつか卒業していって欲しいと思います。

さて教室の方はおおむね順調な感じでありますが、施術の方は大変な事態になってきているのであります。

というのは、潜在意識的に、もしくは霊的に、現時点で可能な限り深いアプローチをやると、ほとんどの人の施術サイクルが3週間に1回以下、長い人だと45日に1回くらいになってしまったのであります。

もちろん施術の間隔については、理論的な裏付けなどは一切なく、あっちの人に聞いたままをそのまま患者さんにお伝えしているのであります。

施術の間隔は心身の状態が悪い人ほど長くなるようでありまして、通常の施術のまさに真逆なのであります。

すごく深い領域にある問題にアプローチして解決するか、できなくてもその日に改善できる部分をケアし終えると、体の発する不調を示すいろいろな反応が一気に減って静かな感じになります。

ぎっくり腰のような短期的な症状ではなく、何年も苦しめられているような症状の奥には、とても高い確率でこの深い領域の問題は存在しているように思います。

このような施術の変化は理想的であるものの、このままいくと、うちの治療院はどうなってしまうのでありましょうか。

つい一月くらい前までは、1週間に1回の施術をしている人も結構おられましたが、すでに今では皆無になってしまいました。

ということで、このままではひじょーに困った状況になりそうでありますので、「ももに行こうか行くまいか?」とか思案している人は、速やかにご来院ください。

これまでにあなたが受けたどんな施術とも全く違う展開が、待っている、はずであります。

いやー、今回もよかったですね。早い話が「すぐ来なはれ」だけでござんした。なんてことでございましょう。

しかしながら、書いた価値はばっちりでござんすぅぅ。

石の力

昨日テレビで、中国の電気供給の現状について報道がありました。

それによると、脱炭素社会を目指す共産党の方針のもと、石炭火力による発電を大きく減らしてきているため、急激な変化に代替発電の整備がおいつかず、昼間に停電になっている都市があるとのことでありました。

なんとなくそんな中国の現状を揶揄したような雰囲気をその番組からは感じたのでありますが、ワタクシはすごく感心したのであります。

国際社会の目指す二酸化炭素排出削減の目標に比べ、対策に消極的かと思っていた中国でありますが、実際にはそこまで強い措置をとっている訳であります。

たしかに国民生活への影響を考えれば、強引すぎる施策かもしれないのですが、そんな中国に比べて日本はどうでしょうか。

毎年毎年豪雨災害の多発や魚が捕れなくなってきている事態が温暖化の影響だと聞かされているわりに、ワタクシドモの生活にはほとんどなんの変化も起きていないのであります。

この程度の取り組みで良いはずがないのでありますが、これは危機意識の欠如なのかなんなのか。

もはや国政への理解は不可能。この危機を救ってくれるのは神様仏様? それとも維新の会?

次回の選挙でも議席数が3倍以上増えますよう、願っておりますぞよ。

さて今日の本題であります。

前回の投稿でも書いた、「やや」治る症状。

はっきりと「治る」という検査結果にならない理由の何割かが、いわゆる霊的な領域における問題によるものとの認識であります。

言葉で「霊的」とか言っても、その領域の幅はかなり大きいようで、ワタクシの使っている「無」の意識状態で解決できるものもあれば、ダメなものもあるのであります。

ダメ、となった場合どうすんねん、ということなんでありますが、まさに石の「霊力」が効いてしまうのであります。

霊的な領域の状態に変化を与えるので霊力、というネーミングなのでありましょうか。

少し前に見ていた中国のドラマに大きな石が出てきて、「この石の霊力で命を救われました」とかのくだりがでてくるのであります。

その時点ではまだ今のような石の用法がなかったので、「うぷぷ、霊力だって」とか思っていたのですが、なんと伝記は本当だった、ということになってしまうのであります。

たくさんの人の痛みが主体の症状をみていると、手技が全く必要なく、石を一定期間持っているだけで解決できるものもあります。

何度施術しても一定以上は改善できなかった症状においても、まさに劇的に改善できることも全然珍しくないのであります。

特に長年にわたる内臓の不調には、おそらく漢方の30倍くらい効くようであります。

というか、効き目の出方が全く違います。

使い過ぎによるもの以外の多くの症状は、時間とともに解決するか、症状が軽くなっていくのが普通です。

そうなっていかないのは、深い部分の原因が、例えば霊的な部分にある原因が、ずっと悪影響を与え続けているからだと考えられます。

当院ではもはや多くの症状はすぐに解決してしまえるか、石でケアしつつ2週~2か月に一回程度、石の交換と施術をやっていけば自然と解決してしまえるかもしれません。

昨日初めて来た人の中にも、次回は1か月後という人がおられました。

施術というか、治療活動の質的変化がとうとう顕著になってきたのであります。

それでもまだ解決に程遠いのが、ワタクシ自身の体であります。

今あるどんな方法をもってしても解決できない問題が、とても深い領域にあることが分かってしまったのであります。

もはや残された方法は「完全な無」の状態に至ることだけのような。

これって試練?それとも糧?

心理とエネルギーのルート

ワタクシもようやくコロナのワクチン接種を受けることができました。

大阪の大規模会場で受けたのですが、あれだけの人数と会場の大きさになると、自分という存在がロボットになったかのような不思議な感覚になるようであります。

自衛隊の方々の行き届いた誘導により、何も考えず会場の中を進んでいくだけでよいのであります。

でも、ワタクシのように毎日自分のペースと考えだけで行動している者にとっては、「何も考えなくてもいい」というのが逆に不思議な体験なのであります。

それにしても、ワタクシは自衛隊という組織には全幅の信頼を置いているのでありますが、一糸乱れない活動というものが、今回の会場でも行われていたように思われ、大変ありがたいことであります。

でありますから、憲法において自衛隊存在の法的根拠があいまいという現状は、自衛官の方々にとても申し訳なく思われるので、誰かにうまくやっていただきたいと考えております。

おぉ、このブログにも政治思想が入り込んでしまいました。そっちの世界とか、何かへの批判には、結構気を付けているワタクシであります。

何しろ、ひどい出来事やらに批判をお見舞いしていると、ブログも砂漠のようになってしまうのであります。くわばらくわばら。

さて、ワタクシのエネルギーに対する理解もその後かなり進んでおりまして、とうとうクンダリニーのエネルギーの意味も分かってしまったようでありますので、さっそく書いてみるわけであります。

このあたりの事情に関しては、あらゆる書籍においても見たことがありませんので、「新説 小周天と無意識」とかいうタイトルで書籍も出してみたりとか、妄想はどこまでも膨らんでいくのであります。

クンダリニーなのになぜ小周天なのかといえば、この両者は言ってみれば「兄弟」のようなものでありまして、体内のエネルギールートを開いていく過程で切っても切れない関係があるからであります。

「クンダリニー・ヨガ」で知られるクンダリニーのエネルギーは、インドヨガの知見でありまして、尾骨あたりに眠っていると言われています。

準備が整わない状態でクンダリニーが覚醒してしまった場合、あまりに強いエネルギーが背骨を登って頭部へ充満することになるので、廃人になってしまうとも。

「クンダリニー・ヨガ」自体も大きなリスクを負う修行体系であるのだそう。

日本で第一人者と言われている人がおられるらしいのですが、エネルギーを調べてみると、ぜんぜんダメですね。

クンダリニーのルート=背骨の中だけでなく、どのルートも全然活性化していないです。

「そんなこといって。しまいにゃ怒られるで!」

とまたまた言われそうでありますが

「仕方ないでござる、だめなものはダメでござる」であります。

これは批判ではなく、感じたことをそのまま言っているだけであります。そういえば昔、本山博というヨガ道の人の本を読んだことがありますが、この故人の生前のエネルギーを調べてみると、やはりクンダリニーは活性化していますね。

ワタクシはもともとクンダリニーには興味がなく、小周天のルートやら、体のど真ん中のルートである中脈、体と外のエネルギーをつなぐルート、などを開こうと頑張っていたのであります。

それと同時に「無」の意識状態を深めようと日々取り組んでいたところ、あるときふと、

「お?背骨のこんなところにエネルギーのブロックがあったのか。じゃ解除しておくか」ということで、無の意識状態を使って掃除したのであります。

すると他の箇所にも同じようなブロックがあることに気が付き、見つけたものをどんどん取っていきました。

すると、超ビックリの展開が。

なんと、これまで開こうとしていたルートが全部開いているではありませんか!!

そのあといろいろと調べたり試行錯誤していて分かったことは、クンダリニーのルートは小周天やらのルートよりも高次元にあり、上から活性度を支配しているので、上が開けば下も開くというシステムがあるということでありました。

大・大・大発見とはこのことであります。

実際には、まだすごい発見があるのでありますが、もはや酔っぱらいの大法螺と思われかねないので、ここは自粛でありましょう。

クンダリニーのことが分かるきっかけとなったのは、「無」の意識状態が深まってきたことで、繊細なエネルギーにおいての、つまり高次元のエネルギーにおいての流れの滞りが分かるようになったことであります。

この間まで何も感じなかったところに、急にエネルギーのブロックがあることに気が付くようになったので、とても不思議な感じがします。

さてこのルートにおける上下関係というのは、実は心理のエネルギーの違いに直結しているようでありまして、小周天のルートは「感情」との関わりがメインであるのに対し、クンダリニーのルートは「認識」との関わりが大きいようであります。

少し前の記事にもかいたのでありますが、感情に先行するものが「認識・理解」であります。

なぁーるほどぉぉ、納得。

これ、もし気功学部というのがあったら間違いなく博士号でしょ?

あぁー、誰かすごい人に褒めてもらう必要ありでございます!

すごい人はいずこに!?

というわけで、ワタクシの施術においても、この間まで分からなかった高次元のエネルギーブロックを排除するという展開をみせているのでありますが、正直言って、その効果はやばいです。

あらやだ、ぶっちぎっちゃったかしら、であります。

ただ高次元への働きかけは、効果の発現がやや遅いようであります。

この新・必殺技でもって、当院の横綱級患者さん達に立ち向かうのであります。

一体どうなるのか、楽しみであります。

ところで、この新たな認識でもって、どっかにスゴイ人が多数いるところはないんかねと探していたのであります。

まず「天外塾」には2人。

でもなぜか、そこに行ってみろとあっちの人が言わないのでありまして、そのほかにどこがあるのか。

すると、とうとうみつけたのであります。

「日本トランスパースナル学会」

なんとここには、超猛者級が4人生息中の感触。

うきゃきゃきゃ、行っちゃうでしょ、もちろん!

という次第でありまして、あとは怒涛の前進あるのみです。

ところで、当整骨院が料金を上げさせて頂いただけでなく、このようなワタクシの施術の方向性の変化もあって、ご利用いただいている患者さんにも大きな入れ替わりが起きていく兆候がでています。

卒業されていく方、これまで大変お世話になりました。

本当に感謝しかありません。

そして良い施術者に巡り合えるよう、心から願っております。

皆様どうか、お元気で!

世界の見え方

今日、院内の改装が終わったとの知らせをうけて、早速治療院へ。

第一印象は

「き、黄色い・・・!?」

という感じでしたが、全体的に見て、とても気持ち良くなったように思います。

当院をご利用の方は、何が黄色いのかご確認ください。

きっと「確かに」と思われるはずです。

さて、とうとうオリンピックも始まりまして、柔道などで素晴らしい結果が出ておりますですね。

ワタクシなんぞはスポーツ観戦はひじょーに大好物でありますので、LIVEで競技をやっているというだけで、なにかテンションが上がったような気がするのであります。

一方でまたまたコロナ感染が拡大しておりますので、ワタクシも早くワクチンを、と考えているわけであります。

指に入っていた金属を抜いてから時間も経ってきて、指の状態も結構回復してきた感触があります。

抜かりなく自分でも調整しておりますので、リハビリ担当殿からは、「経過はかなりよいです」との評を頂いておりますので、一安心なのであります。

懸案が一つ片付いたということで、心理学の知識吸収にも、若干力を入れていく訳であります。

何しろ、amazon primeで「蒼穹の剣」なるドラマを発見いたしまして、45話見終わるまでは全部の時間的余裕はそちらに消費されてしまうという展開でありまして、ですから「若干」。

いえむしろ、「今後」が正しい表現でございました。

それでも、ようやくユングやらフロイトやらいう御仁達のやっていたアプローチについて、理解し始めているところなのでありますが、その内容は言ってみれば

「物事への歪んだ理解・捉え方を書き換える」

ということなのであります。

例えばオリンピックに出ておられる方々は、

「競技に勝つとうれしい、勝ちたい」

という認識は、おそらく全員持っておられると思います。

そうでなければ、過酷なトレーニングをして、そして人生を賭けてまであんな大変なことには取り組めないでしょう。

世の中には、勝ち負けにほとんど興味がないという人たちも結構少なくないようでありまして、その価値観には「スポーツ全般に興味がない」という認識もくっついていることが多いように思われます。

もしスポーツに興味ゼロなら、このコロナ禍でオリンピックなんてありえない、という意見になりやすいと思います。

どんな意見や判断にも、前提条件としての「物事への理解の仕方」が影響を強く与えています。

その理解の仕方が仮に完全に間違ったものなら、なにかの状況でトラブルの引き金になったり、人生を意味なく困難なものにしてしまうことが想像されます。

すでにトラブルが起きていて、日常生活に支障をきたしている場合、心理的アプローチで「うまく書き換えましょうね」という方策もあるということになります。

ただ現在の日本で行われている古典的なこれらのアプローチには、かなりの時間がかかるようで、どうやら数年というケースも少なくないようであります。

そういう困難さもあるからか、「理解の間違い」自体でなく、それにより引き起こされる様々な強いストレスに対して、「表面的なケア」だけを薬剤などで行っているというのが概ね今の日本での心理ケアということになるのかもしれません。

このあたりの事情としては、ワタクシの摩訶不思議心理アプローチにおいても、表面的なケアに終始してしまうケースが結構あります。

それが何故かと言えば、「間違った理解」を引き起こすのは、何かの出来事で引き起こされた「強い感情のエネルギー」だけではないからと、今のところ考えられます。

例えば家族単位で、何かへの理解が間違っている場合は少なくないかもしれません。

もちろん、国家レベルでの、もしくは人類レベルでの間違った理解も十分想定されます。

そういったものは、幼いころからの反復した「意識への書き込み」により形成されているので、対処はとても困難になると思われます。

「あたりまえのものを、あたりまえと思い込まない」という単純なスタンスも、自分へのケアとしては効果があります。

が、ワタクシのように、誰かにセラピーを行う場合、もっと効率の良い方法が必要になります。

「間違った理解を引き起こしているもの」が強いエネルギーでないのなら、今のワタクシの手法では完全にお手上げであります。

なぜなら、ほとんどすべての問題を、エネルギー的に把握して対処しているからであります。

それにしても心理のケアを学ぶのは、肉体面への手法を学ぶより、ずっと楽しいことのようであります。

ワタクシの進む方向は、やはりそっちなのでありましょう。

「無」と「心理学」。そろそろ良い方法をおもいつきそうであります。

ということで、今後も頼みますぞ、みくまりの神様、不動明王殿!

心揺さぶられる快感

先日ようやく指に入っていた金属を抜いてもらいました。

思い切り串刺しているのですから、抜くときもそれなりの力が込められてしまう訳でありまして、まさに

「ズボッ!」

って感じでありましたですね。

いやぁーめでたいめでたい。もう二度と入れたくないものであります。

その数日後、ぐるぐる巻きになっていた包帯を外して、もはや何も入っていない薬指の全貌があらわな状態に。

するとなんと!

「まっすぐに、なって・・・・ない!? ぐふぅぅぅ!!」

指が完全には伸ばし切れていない状態であります。

おじいさんの腰のようにまがっちゃっているのであります。

でもま、仕方ないのだとか。およそ10°くらい曲がった状態が腱断裂治療の終了形態として普通だとのこと。

担当の理学療法士さんに聞いてみたところ、まだ完全には切れた腱がつながりきってはいないのだそう。

何かの拍子にまた切れてしまわないよう、過保護にしておくのであります。

そしてワタクシはこのような仕事をしておりますので、独自に指の調整をはじめているのであります。

術後の状態は、骨や筋肉や関節などに、うまくエネルギーが通っていないようでありました。

こういう不具合には、リハビリよりもワタクシの調整の方が効き目がよいようであります。

念入りに調整して伸ばす方向に意識を向け続けていると、「おぉ、だんだんまっすぐに!!」

ありがたやありがたや、まだまだ可能性はあるようでありまするね。きっと完全にまっすぐな状態にまで回復させられると信じています。

それにしても、両手が普通に使えるというのはなんて便利なものなんでしょうか。

片手を濡らせない状態だと、手や皿を洗ったり、お風呂で体を洗ったりがうまくできないのであります。

いつもの動作を普通にできるだけで、本当に感謝しないといけないですね。

さてワタクシは最近、NHKで放送されている「不滅のあなたへ」というアニメをみているのでありまして。

内容は割愛しますが、まず見たことのないテーマを扱ったもので、不思議な内容ということだけで見ているのであります。

その不思議な内容のアニメに、先日はじめて「感動的なシーン」が描かれたのであります。

悲劇的でありながらも、一番大切なものを手に入れたことをかみしめる、とてもすばらしい場面であります。

そうなのであります。ワレワレはこころ動かされる、揺さぶられる機会を待ちに待っている「いきもの」であります。

何かに嬉しい驚きを感じたり、熱狂したりしたいのであります。

それ以外に、この世界にどんな意味があるでしょうか。

どんな意味もない、と言い切りたいワタクシでありますが、そのシーンを見て快感を感じながらも、不思議に沸き起こってきた感覚があります。

本当の快感はもっと別のものだというような深い意識からの声であります。

毎日結構長い時間を「無」意識にしているからでしょうか。何かがささやかに、わかりかけているような感じがするのであります。

こころ揺さぶられているときに、深い意識の中でなにが起きているのか。

みなさんにもぜひ、考えてみて頂きたいと思います。

おそらく何回か先の投稿のなかで、これについては書いていくことになると思われます。

それにしても、悟り方について書いてあるサイトの、書いている人の心理状態を調べると、とてもしんどい人が多いようであります。

しんどいから深い探求を始める、ということになるのでありましょうか。

であるならば、つらさも何かの糧になっているということでございますね。

良い体験に感謝を。今ある課題に歓迎を。つらい体験を乗り越えた自分に祝福を。