どうして同じ痛みが頻繁に出てきてしまうのか、完全に治り切らないのかについて、もやもやしている人はとても多いですね。

完全な解決ってあるんかーい!について書いてみることに。

ところでね、文章の途中にいきなり「ございます」とか「がんす」とかの語尾に変わってしまうのはなんじゃろーかね?と思う人もおられるでしょうけどね、それはですね、言ってみれば
「真面目な言葉使いだと書いていて息苦しい」ということでございますのよ。

で、あるからして、そういうときは、「あぁ、もも先生も頭が壊れかけてきてきているんだね、であるのになんだか怪しげな探求をしているとは、たぶん変人に違いない!」と考えていただけると、ほぼ正解にちかいと思われるのであります。

何しろ、先ほども何気に本などを読んでいると、

「お?このエネルギーが動く感じはなんでしょうかね?立川先生が新年のあいさつにエネルギーを送ってくれているんだろうか?それとも誰かの怨念か?いやぁ、それにしちゃ、不愉快でもないエネルギーの雰囲気だしねぇ」

なんて本気で不思議がっているワタクシでございますのよ。

そんな瞬間に、もしだれか親しくない人がそばにいようもんなら

「この人って、ひょっとしてソウルメイト(魂の友人?)かしらね?このエネルギーの感じは神様がそれをワタクシに教えてくれているに違いない」

なんて考え始めていた可能性高し。

今回は誰もいなかったので残念無念。じゃあ一体なんだったのか摩訶不思議。

ということで、言葉遣いなどには構わないんで頂きたいんでございますのよ。

で、話は戻しまして。

痛みの原因

長年持っている痛みでも、完治させることのできる痛みもあります。

その代表的なものは「捻挫の後遺症」です。

捻挫の後、完全に痛みがなくならないまま痛みが残ってしまっていて、ある動きをすると結構な痛みがでてしまうもの。

何年も経っているのだから、なかなか治りにくいのでは?と思われがちですが、1~2回の施術で完治してしまうことも少なくありません。

それがなぜなのかというと、改善を妨げていた骨格の問題を解決できたから、です。

捻挫の場合は捻って関節などを痛めたことだけが痛みの原因なので、靭帯などが壊れてしまっていたり、亜脱臼などがなければ関節の調整だけで痛みはとれます。

でも、ほとんどの痛みは関節の問題だけでなく内臓疲労との関わりで起きてきています。

内臓疲労の問題は生まれつきの臓器のバランスや頑丈さプラス生活習慣に大きく関わっているので、「もう疲労しないように」とか「極端に弱ることがないように」みたいな処置をしようとしてもできっこありません。

ですから、その場で関節をケアして痛みが減っても、完治してしまうことはあまりありません。

ぎっくり腰がいったん解決したのに、忘れたころにまたなってしまうのもこの内臓の疲労がいつでも生じうるからです。

じゃあ、どないするねん?となるわけですけど、さしあたり内臓疲労ならその原因を除去すべし!というのが王道といえば王道なんでございます。

でもここで、難題が立ちふさがるのでございます。

食べ過ぎているだの、睡眠時刻が遅いだの、セックスし過ぎだの、働き過ぎだの、心配しすぎているだのといった生活習慣でさえ、口で言うほど簡単には変えられないことは、奥さんやお坊ちゃま君も「痛いとこつくね」でございますでしょう。

習慣が変えられない理由

例えば食べ過ぎて肥えている人の場合、食べるのを減らせば痩せるのが分かっていても、なかなかそれができないですね、

それは食べることを含めて全部で生きていくための心理的なバランスをとっていると考えられるからです。

ただ食べているわけじゃなくって、それにより、何かの欲求を満たしてる、だとか。

「そうなのよん、ワタシの精神はこれでもってんのよ、パクパク。あらやだ、おいしいじゃない、これ、パクパク。うっふぅん、パクパク。」

他の習慣もほぼ同じだと思われますが、単にどんな習慣が悪いのかを知らないひともおられますね。ときたまですけどね。

痛みを解決するという目的に、ストイックに取り組める人は簡単に習慣を変えられるみたいです。まれにしかそんな人はいないですけどね。

でもさぁ、ストイックな性格てのは、ちょっぴりやばんじゃないかなぁ。ワタクシが言うのもなんですが、うーん、ちょっと、変人でいらっしゃいますよね?

ワタクシの親父殿も年に250回くらい金剛山に登るという人ですが、大変尊敬してはおりますけど、どう考えても変人でしょ?

何を原動力にそんなところに通うのか?霊能の人が言うには、修験道系の魂なのだとか。

おぅぅ、山が俺を呼んでいる!みたいなやつでござんしょうか。

うーん、山に行くよりよりゴロゴロしたいワタクシであります。

話がそれてしまっていますね、きゅっきゅと戻しませんと。

完全な解決に必要なこと

人間という生き物は、緊急事態でなければ、精神面の満足を最も優先します。

ですから例えば、太ると分かっていても、痩せること以外に心理的な欲求があってそれが満たせなければ、かわりに食べちゃったりするかもしれません。パクパク。

でも、不安が強い人の事は、僕の場合理解不可能。なんの得があるんだ?と思ってしまいますが、本人も心配ばかりして心がキューとなる理由は分からないんだとか。

心理はとても複雑なので、放っておきたい領域。でもそうはいかないようでございまするね。

あなた自身も気が付いていないような潜在的な欲求をなんとかして満たすことが必要、なようですねぇ、じゃまくさいですねぇ。

そんな方法あるんかいな?といえば、なんとできる人がいたということでございますよ。

アプレジャーという人ですけどね。頭蓋骨調整の有名人です。

でもその人にも、なぜそうなってしまうのかが分からなかったということでございます。

なんなんですか、それ。意味ないじゃん!ってやつでございます。

でもそんなことができるとしたら、完全にエネルギー領域の成せるワザですね。

なんせ、こころの問題には物の介在がありませんでございますから。

たぶん、あなたの周りの空間に、その情報も現れているように思うんですが、どうでしょうかねぇぇ。

情報カモォォン。

教えてくれるかた、至急ご連絡を。